辻川 正之
今回は、お隣の県 奈良県東大寺へ行ってきました。十五年ぶりの東大寺です。私が小学校低学年頃までは、親戚の伯母さんの家がJR奈良駅のすぐ近くにあり、何度も行く機会がありました。東大寺周辺は、ほとんど昔と変わりなく同じ場所に同じお店が並んでいました。本当に、懐かしいところです。
この門をくぐりと行きたいのですが、この門内に入ることは出来ません。門の右横に細い通路があり、そこを通り入ります。入ると左に小学校、右に幼稚園があり、正面まっすぐに行くと正倉院があります。ただし、正倉院は宮内庁の管轄でまっすぐ進むことはできません。幼稚園前の広場には、鹿がたむろしており、私が通るとじーっと(くりんとした目で)見つめます。

5分程度の見詰め合いの後、根負けした私は、前進することに決めました。突き当りを右へ曲がり100m行くと、今日は大変運が良く大仏池にでました。
お恥ずかしい事ですが、私は今まで大仏殿を東大寺だと思っていました。調べて見ると東大寺は、正式名は金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)と言われ、大仏(盧舎那大仏)が造られた後、「平城京」の東方に位置することと古代の「大寺」(天皇のお寺という意味)というところから「東大寺」と言われるようになったそうです。境内には、大仏殿・法華堂(三月堂)・二月堂・三昧堂(四月堂)・戒壇堂・俊乗堂・開山堂・勧進所・正倉院・手向山八幡宮・南大門・天害門があります。また、大仏殿を金堂とする伽藍が華厳宗大本山「東大寺」です。
二月堂から大仏殿を望む
これもまた、逆光で見えにくいですね。中央やや右に見えている三角形の屋根が大仏殿です。左下に見える建物は、開山堂でその右隣が金珠院です。実際は、森が紅葉で彩られ、ついつい見入ってしまう程の絶景なのですが。
この後、正倉院と興福寺へ行きました。
興福寺は、法相宗の大本山ので、東大寺とは別でした。(これもまた、今まで知りませんでした。)写真左が正倉院、右が興福寺五重塔です。これだけ回るのに、2時間を要しました。まだまだ、見るところは多くあり、何時か一日掛けてゆっくり見て回りたいと思いました。後は、土産を買って帰りました。お土産品をお見せ致します。
柿の葉寿司、奈良漬、柿以上3点美味しくいただきました。秋の奈良を満喫した1日でした。
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左の写真は、天害門です。愛車スーパーカブで出掛けたのですが、偶然、天害門前に出ました。この門は、正倉院と二月堂と同じ天平時代創建当時の貴重な建物だそうです。 見た目は、パッとしませんが重要な建造物だと知り驚きました。(実は、自宅に帰って調べてから知りました。もっと内部も撮っておくべきでした。残念!) |

5分程度の見詰め合いの後、根負けした私は、前進することに決めました。突き当りを右へ曲がり100m行くと、今日は大変運が良く大仏池にでました。
大仏池から三笠山を望む風景が右の写真です。
逆光で、この美しい風景をうまく伝えることが出来ず悔しいです。もみじと銀杏が紅葉し、その向こうに大仏殿が見えています。大仏池の水面に風景が写り、何とも言えない風情があります。
お恥ずかしい事ですが、私は今まで大仏殿を東大寺だと思っていました。調べて見ると東大寺は、正式名は金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)と言われ、大仏(盧舎那大仏)が造られた後、「平城京」の東方に位置することと古代の「大寺」(天皇のお寺という意味)というところから「東大寺」と言われるようになったそうです。境内には、大仏殿・法華堂(三月堂)・二月堂・三昧堂(四月堂)・戒壇堂・俊乗堂・開山堂・勧進所・正倉院・手向山八幡宮・南大門・天害門があります。また、大仏殿を金堂とする伽藍が華厳宗大本山「東大寺」です。
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上の写真 大仏殿<br> 下の写真2枚 二月堂 |
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二月堂から大仏殿を望むこれもまた、逆光で見えにくいですね。中央やや右に見えている三角形の屋根が大仏殿です。左下に見える建物は、開山堂でその右隣が金珠院です。実際は、森が紅葉で彩られ、ついつい見入ってしまう程の絶景なのですが。
この後、正倉院と興福寺へ行きました。
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